68:名も無き被検体774号+:2012/01/19(木) 18:23:26.79 ID:Th1Yl+NqO
中学ん時、女子トイレに忍び込んで
「○(俺)かっこよすぎ!」
↑
「私も○(俺)と目があった。嬉しい」
↑
「○(俺)と付き合いたい!」
と、各学年の女子トイレに落書きしまくって女子全員を洗脳しようとしてた
69:名も無き被検体774号+:2012/01/19(木) 18:25:34.25 ID:TjSFKegk0
»68
お前優勝だろw
73:名も無き被検体774号+:2012/01/19(木) 18:38:39.15 ID:Q+hjyHc10
»68
何そのステマ
— 黒歴史を出しあって一番マジキチな人が優勝 : あじゃじゃしたー (via darylfranz)
(via mug-g)
そんな中で、漫画家のとり・みきが「一杯のかけそば」を読んだ時の文章を引用しよう。
泣かなかった。 だが、泣く人の気持ちはわかるような気がした。別に泣いたっていいじゃないか、とも思った。問題はその先だ。多くの人が「ああ、自分は泣いてしまった。不覚ではあるが事実は事実だ。ここは厳粛にこの事実を受け入れ、この作品を評価せずばなるまい」と思い込んでいるようなのだ。これが私にはよくわからない。皆あまりに自分の生理現象を信頼しすぎているのではないか。人は梅干しの写真を見れば唾液が出てきてしまうのだ。 私などそりゃもう恥ずかしいぐらいによく泣く。このあいだは、タイトルも知らない単発ドラマを、終了5分前から観始めて泣いた。登場人物の人間関係も、そこまでのストーリーすらまったくわからないのに、ある年配の役者が発したセリフのひと言に感じ入って涙が出てしまったのだ。これにはさすがの私もあきれ、そして理解した。 人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。かくして私はモスクワ同様、涙を信じない。
— ゲーセンとかけそばと泣ける話とゲラゲラ笑う人達 - 脳髄にアイスピック (via noboko)
(via kikuzu)
(via tiga)
カミソリだと痛いし,
川に入るとビショ濡れになるし、
青酸カリだと発疹が出ちゃうし、
麻薬だと痙攣するだろ。
ピストルは法律で禁止されてるし、
ヒモだとゆるんじゃうし、
ガスだとひどいにおいがするし、
生きてるほうがましなんじゃないの。
—-ドロシー・パーカー(米詩人・小説家)
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エンペドクレスのサンダル(自殺を考える) ———We are not alone! (via tama5kake
)
(via shingoym)
ある哲学者が、こんな夢を見た。まず最初にプラトンが現れた。
そこで、その哲学者はいった。「あなたのすべての哲学について、
15分ほどで概要を教えてくださいませんか?」
哲学者の驚いたことに、プラトンはわずか15分のあいだに、
膨大な量の事柄を凝縮した、見事な解説をしてくれた。
しかし、あることを哲学者が反論すると、プラトンは
答えられなかった。論駁されたプラトンは消えてしまった。
次にアリストテレスが現れた。だが、このときも同じことがおこった。
アリストテレスに対する哲学者の反論は、
プラトンに対するものとまったく同じものだった。
アリストテレスもこれには答えられず、結局消えてしまった。
続いて、古代、中世、近代から現代にかけての歴史上の
著名な哲学者が夢のなかに次々と現れた。
しかし、この哲学者は同じ反論を唱えて、全員を反駁することができた。
ついに、最後の人物であるデリダが消えたあとに、
この哲学者は独り言をいった。
「わたしはいま眠っている。これが全部夢であることも知っている。
それでも、わたしは、すべての哲学者に対する普遍的な反論を
発見したのだ! 明日、目を覚ましたら、この反論を
忘れてしまっているかもしれない。それでは人類にとって大損失になる!」
彼は超人的な精神で自分の目を覚まさせ、
夢遊病のようにして机に駆けつけると、その普遍的な反論を書きつけた。
そしてベッドに飛び込み、ほっとして再び眠りについた。
翌朝目を覚ますと、彼は机に駆け寄って、
自分が何と書いているかを確認した。
すると、そこには次のように書いてあった。
「それは、あなたが勝手に言ってるだけでしょう!」
— 哲学ジョーク (via petapeta)
(via usaginobike)
そもそも、SNSというものは、本質的に他人との出会い、出会った人との人間関係の構築、継続を目的とするもので、出会いにいちいち目くじらをたてるような運営は、SNSの自殺行為と言っても過言ではないでしょう。警察が目指しているような、人と人とが出会わなければ犯罪も起きない、皆がタコつぼにでも入ったように孤立して生きていれば人と人とが接触しないので犯罪も起きようがない、といった、警察国家的な社会観、インターネット観に、SNS自体がはまってしまえば、それはSNSの自滅につながるでしょう。
最近、さかんに喧伝されている「健全」というものの危険な本質、一面というものをしみじみと考えさせられるものがあります。こういったことを利権化して、警察とも結託しつつ、インターネットを食い物にして金儲けしようとしている人々が確実に世の中にはいる、ということを、心ある人はよく覚えておいたほうが良いでしょう。
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2009-03-18 - 弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」
全うな一言。
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(via h-yamaguchi) (via clione)
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